法秀寺
開基檀坦徒釼持佐右門の父大蔵(法号法秀)深く法華宗を信仰し隠道の志をいただき、その別邸を挙げて寺を建立しようとし、千代本立寺第十二世日養に譲りその志をたすけ、下総国飯高檀坦林の永昌院日運上人を屈請し開山とし、寺号を釼持山法秀寺と公称した。
時に永禄七年一月であった。
明治四十四年十月、時の住職とはかり総本山身延山久遠寺の直末となる。